フェイクニュースで信頼できる人かどうかを判断できる
2021/03/11
フェイクニュースで信頼できる人かどうかを判断できる。
そんな判断方法があります。
信頼できる人を探すことは大事なことです。
「会社のフェイクニュース」で、本当に信頼できる人が誰だかわかる
嘘の噂、フェイクニュースには、もう一つ素晴らしい機能があります。
それは、本当の理解者、本当に会社や自分を信じてくれている人を、浮かび上がらせてくれるということです。そういう人はフェイクニュースに触れたとしても簡単に信じたりしません。フェイクニュースに喜んで飛びつく人は、会社や自分を本音の内では信じてくれていなかった人です。
親鸞聖人は、「たとひ法然上人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらふ」とおっしゃいました。これぞ「信じる」ということではないでしょうか。
児童施設に勤める親友に聞いた話ですが、愛に飢えて、信頼に飢えて、非行に走った少年たちは、更生の途上で、必ずどこかで「裏切る」ということです。更生したと思った時に、再度何かしでかしてしまうのです。
しかし、それは本当は「裏切り」などではなく、周囲の人間の自分への信頼や愛を「試している」(試さざるをえない心性は、とても悲しいことですが、それはまた別の問題)のです。
本当に、信じてくれている人は、何かが起こったとしても、即座に「裏切られた!」と思うのではなく、「この子がこんなことをするのは、きっと何か深い理由があるに違いない。あるいは何かの間違いだ」と思うのだ、ということでした。
嘘の噂、フェイクニュースの持つ「甘い誘惑」にたやすくなびいてしまうのであれば、それはその会社や人を、信じているのでも、理解しているのでも、愛しているのでもないでしょう。
自分の会社に嘘の噂、フェイクニュースが流れた時(社内であれ、社外であれ)こそが、本当に信頼できる人を見つけるチャンスです。「裏切られたなら地獄に落ちたとしても後悔はしない」とまで言ってくれる人を見つける機会はなかなか得難いものです。
ともかく、噂など軽く信じないことが重要です。偏見を振り払って、この目で見たものだけを勇気を持って信じて生きていきたいものです。
引用元:https://news.yahoo.co.jp/byline/sowatoshimitsu/20210310-00226023/
コメント
本当に信頼できる人だけを信じたい。
それは誰もが思うことです。
フェイクニュースは会社や学校など、閉鎖された環境では面白い話になります。
噂が噂を呼び、変な話に発展します。
他に話題がないので、話題の中心になったりと、尾ひれがつきやすいです。
その中でも、信頼できる人はいます。
それを見分けるにはフェイクニュースが丁度いい判別方法です。
信頼できる人を見つけるには良いネタです。